皆さんは国会議事堂へ行ったことがありますか。小学生の頃、校外学習で訪れたという人も結構いらっしゃるのではないでしょうか。しかし、国会議事堂の歴史についてはあまり知られていません。

今回は、そんな国会議事堂が辿った数奇な歴史についてお話したいと思います。

 

国会議事堂について

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国会議事堂は国会をおこなう建物でいわゆる「まつりごと」の中心となる建物です。左右対称の形をしており、正面に向かって左側が衆議院、右側が参議院となっています。

実はこの国会議事堂、なかなかの苦難を乗り越えた建物です。建設中に関東大震災に見舞われたり仮設の議事堂が火災で2度も焼失したりしています。さらには二・二六事件で占拠されるという波乱の人生を歩んでいる建物なのです。

 

国会議事堂の歴史

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国会議事堂は、1881年に国会を開くよう明治天皇の詔勅によりその建築構想が練られていました。しかし驚くことに竣工したのは1936年なのです。これはいったい何故でしょうか。国会議事堂の竣工までには様々な紆余曲折があったのです。

まず、ドイツの建築家ベックマンが設計を担当するのですが、あまりにも豪華すぎました。政府が財政難だったこともありこの設計は頓挫してしまいます。

そこで政府は、木造の仮議事堂を建てることになるのです。その後、同じくドイツの建築家エンデが設計を担当しますが、ここにも問題がありました。何を勘違いしたのか和風ではなく、中国風のものをデザインしてしまったのです。

一体ドイツの建築家はどうなっているのかと言いたいところですが、もちろん実施されませんでした。

そしてようやく、本議事堂を作ろうと妻木頼黄という有名な建築家に頼ることになるのですが、当時の建築学会会長、辰野金吾というこれまた著名な建築家が議事堂の設計を公募(コンペ)で実施するよう待ったをかけ建築中止になりました。

結局、建築家渡邊福三に任せ工事も進み「ようやく完成か」という時に、関東大震災でストップがかかります。結局修復するのに1936年までかかってしまったという、とんでもなくいわくつきの歴史があるのです。

その後、太平洋戦争が起き日本は敗戦。そして、戦後の食料不足の時代が到来します。その時代、なんと国会議事堂前で畑を耕すことになるのです。

東京は見渡す限り焼け野原だったので国会議事堂前の広場ぐらいしか耕せる土地がなかったのです。このような数奇な運命を遂げた歴史が国会議事堂にはあるのです。

 

国会議事堂見学ツアー

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国会議事堂は、誰でも一度はテレビやネットニュースなどで聞いたり見たりしたことがある思います。国会議事堂は、様々な困難を経た現在も国会の中心です。

このような歴史を聞くと国会議事堂に一度足を運んでみたいと思いませんか。国会議事堂は、衆議院と参議院に分かれており、それぞれ別々に見学希望者を受け付けています。

予約なしで当日参加可能ですが、10名を超える団体客は事前予約が必要です。また、本会議が開催されているときなどは予定が変更される可能性があるので注意が必要です。

 

国会議事堂の参議院と衆議院

国会議事堂見学は、実は参議院が断然おすすめです。参議院は、貴族院時代の展示をみたり、レプリカの議員席への着席が体験できたりします。衆議院の内部は国会議員さんこそいなかったものの、とても広く荘厳な雰囲気が漂っていました。

衆議院は、本会議場が撮影できるぐらいで特別な体験はないので、国会議事堂へ見学へいくなら断然参議院がいいと思います。数奇な運命を辿った国会議事堂、ぜひ皆さんも見学へ行かれてみるのも面白いと思いますよ。

美術や芸術と同様に、本物の国会議事堂に触れることで政治に興味が持てるようになりました。衆議院とは別の受付で参議院も見学ができるので、次の機会には国会の傍聴も含めて国会議事堂を見学しつくしたいです。

国会議事堂(参議院)見学案内はこちら http://www.sangiin.go.jp/japanese/taiken/bochou/kengaku.html





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